第1回 バッハはいかにしてバッハとなったか



Salicus Kammerchorのコンセプトアウトライン

第1回 バッハはいかにしてバッハとなったか(この記事)

第2回 バッハの作曲した曲種、様式、技法

 このブログでは、サリクス・カンマーコアSalicus Kammerchorのやろうとしている音楽について、少しずつお話をさせていただきたいと思います。  第一回目の今回は、まずざっとアウトラインを示して、個々の詳細については次回以降書いていこうと思いますのでそちらも是非ご覧ください。

 サリクスの大きなコンセプトはとてもざっくり言うと、 J. S. バッハをJ. S. バッハ足らしめたものは一体なんなのか

を探るという事です。  そのためにまずはざっとバッハがどのように音楽を勉強し、経験を積んでいったかを見ていきましょう。

オールドルフ時代(10-14歳)

 ヨハン・ゼバスティアン・バッハJohann Sebastian Bachはその音楽人生の初期には、オールドルフの長兄の所蔵する、J. パッヘルベル(兄ヨハン・クリストフはパッヘルベルの弟子でした)やJ. J. フローベルガーなど南ドイツのオルガン音楽を学んだと言われています。南ドイツは地理的にイタリアに近く、その音楽もイタリアからの影響を強く受けています。

バッハの時代、音楽を学ぶとはまず先輩作曲家の作品を筆写することでした。まるでお坊さんが写経するかのように(ちょっと違う)優れた作品をひたすらに書き写すことで、その音楽を自分の身に染み込ませていったのです。

 オールドルフ時代、兄からお前にはまだ早いと言われ、厳重にしまわれていた楽譜を夜中こっそり持ち出し、月明かりの元で筆写したというエピソードは有名です。(あとでこっぴどく叱られたそうです)

リューネブルク時代(15-17歳)

 彼は15歳になるころにリューネブルグに移り、北ドイツ・オルガン楽派のG. ベームやJ. A. ラインケンのオルガン音楽に影響を受けました。北ドイツ・オルガン楽派はオランダの作曲家J. P. スウェーリンクによってはぐくまれましたが、スウェーリンクはフランドル楽派の末裔ともみなされ、その様式の基づいた声楽曲も多数残しています。

 またバッハがこの頃学んだミカエル学校はフランス文化の中心であり、ここでバッハはフランス語とフランス音楽にも触れることが出来ました。フランスバロック音楽の大家J. B. リュリの弟子であったT. de la セルがその学院で教えていたからです。さらにバッハは機会のあるごとにツェレに赴き、ツェレ大公の擁するメンバーの大半がフランス人というオーケストラの演奏を聴いてフランス趣味を学んだとされています。

アルンシュタット時代(19-22歳)

 この時期バッハは、4週間の休暇をもらってリューベックに旅行に行きました。目的は、当地で行われていたD. ブクステフーデによる「夕べの音楽」を聴くことでした。ブクステフーデもまた北ドイツ・オルガン楽派の作曲家で、この楽派最大の巨匠と見なされています。バッハは深く感銘を受けたのでしょう、4週間であったはずの休暇をなんと無断で延長し、4倍の4か月ほどもリューベックに滞在しました。(あとでこっぴどく叱られたそうです)

 このようにバッハはその学習期に、イタリアとフランスの両方のオルガンの大家の作品を研究することで、その音楽的素地を作っていきました。

ヴァイマール時代(24-32歳)

 時代は下ってバッハの青年時代、この時期をバッハはヴァイマールの宮廷オルガニスト兼宮廷音楽家として過ごしました。  彼はA. ヴィヴァルディを中心としたイタリアの音楽を熱心に研究し、特に器楽のコンチェルタート様式をその手中に収めました。

 この間もバッハは、様々な作曲家の様々なタイプの楽曲を筆写して勉強しました。その中にはG. ペランダやM. de la バール等の作品もあり、それらを通して古様式についても学んだようです。

ケーテン時代(33歳―38歳)

 ヴァイマール時代に得た器楽の技法が花開いたとされる時期です。有名なブランデンブルク協奏曲、無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータなどが、この時期の自筆譜で伝承されています。

ライプツィヒ時代(38歳―65歳)

 生涯の半分ほどをバッハはライプツィヒで過ごしました。この時期多くの教会カンタータが生み出されました。晩年はラテン語の宗教作品に対する興味を示し、A. ロッティやG. P. da パレストリーナなど後期ルネサンス期、初期バロック期のイタリア人作曲家による、古様式のポリフォニー作品を筆写、上演しています。

 ドイツ音楽の魅力はイタリアとフランスから学び、土着の音楽とそれらを融合したというところにあります。  バッハ以前のドイツは音楽的に後進国だったと言われています。音楽の中心はフランドル楽派の伝統を受け継ぎ、また舞曲を発展させ独自の優雅な音楽文化を築いたフランス、そしてヴェネツィア楽派の複合唱様式や、歌詞のデクラメーションに重きを置いたスティレ・ラプレゼンタティーヴォを生み、オペラを発展させていったイタリアにありました。

 ドイツの音楽家はこれらの国から徹底的に音楽様式を学び、それを自分たちの既に持っていたセンスの中に融合させることで、独自の発展を遂げてきました。バッハもその例に漏れずこの2つの国から、またこの2つの国に学んだドイツの作曲家から学び、自らの様式を確立させていったのでした。

 バッハの音楽学習歴をざっと見ました。これだけでも彼がいかに広い音楽的バックグラウンドを持っているかが分かると思います。彼の音楽には、ドイツ的な要素とイタリア的な要素とフランス的な要素が混在しているのです。  バッハの音楽に近づくためには、ドイツ的なアプローチだけでは不十分です。またイタリア的、あるいはフランス的なアプローチだけでも、一面的な演奏にしかならないでしょう。バッハの中にある様々な要素に、様々な角度からアプローチする必要があるのです。

 サリクス・カンマーコアは、演奏会シリーズとして、バッハの「モテット」を取り上げています。(詳細はコチラ  モテットというジャンルは、バッハの時代においても比較的古い部類に属するもので、フランドル楽派から連綿と続く伝統的ポリフォニーの技法に根ざしています。

このジャンルにアプローチするにあたり、私たちはまずバッハも勉強したフランドルのポリフォニーを演奏することで、モテットに対するアプローチの助けにしようと考えています。またさらにはそのポリフォニーに多大なる影響を与えた、グレゴリオ聖歌の歌唱法を研究するということを試みます。

 これについてはまた次回以降のブログでご紹介しようと思いますが、この グレゴリオ聖歌→フランドルのポリフォニー→バッハの声楽曲 という流れを、私たちはとても大事にしています。

【次の記事】

第2回 バッハの作曲した曲種、様式、技法

(櫻井元希)

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【主宰の櫻井元希のウェブサイトはコチラ↓】

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