第3回 ネウマとは



グレゴリオ聖歌→ルネサンスポリフォニー→バッハの声楽曲

第3回 ネウマとは(この記事)

第4回 グレゴリオ聖歌からポリフォニーへ

第5回 フランドルのポリフォニーからJ. S. バッハへ

 サリクスのコンセプトに関する文章や、団体プロフィールの中で度々登場する「ネウマ」という語についてですが、今まできちんとお話しする機会がありませんでした。  今回はこの「ネウマ」についてお話ししたいと思います。

語源

 ネウマという語はギリシャ語ですが、現代の辞書でネウマυενμαをひくと「うなずき」という訳語があてられています。なんだかよくわかりませんね。ニューグローブ世界音楽大事典によると「4世紀の文法家コミニアヌスの弁として「意図の仲介者」すなわち「記号」あるいは「合図」を意味する」とあります。数あるグレゴリオ聖歌の解説書も、ネウマの語源についてはあまり多くを語らないか、あるいはまったく触れていないものもあります。

 その中にあって、ハワード・グッドールは著書『音楽の進化史』において「ネウマ=neumaという言葉はもともと、ギリシャ語で「息」を意味する"pneuma"からきている」と断言しています。非常に魅力的ですが、論拠を示していないのが残念です。プネウマはギリシャ哲学の中で万物の根源とされた「生命の息吹」のようなもののことなので、それがネウマの語源だとするととっても素敵ですね。

ネウマと四角譜

 ネウマというと、4線の楽譜にへ音記号やハ音記号が書いてあってそれに黒い音符が記譜されている、

(図1)


このような楽譜を思い浮かべる方が多いかもしれません。

 これをネウマと一般に呼びならわすこともありますが、これは古ネウマをもとに、その音高を正確に記譜するために後の世の人が作り出したもので、この記事では古ネウマと区別するために、四線譜、あるいは四角譜と呼ぶこととします。(単にネウマという場合、四角譜ではなく古ネウマのことを指します)

 この例の場合、左上にIntr.とあり、その下に6.とあります。これは第6旋法の入祭唱Introitusであるという意味です。その下のCは歌詞の最初の文字、CantateのCです。音部記号はハ音記号でそれが第5線にありますので、初めの音はレという事になります。

ネウマ(古ネウマ)とは

 ネウマ(古ネウマ)とは、10世紀頃の写本の中に現れ始める、楽譜が五線譜によって記譜される以前のグレゴリオ聖歌の記譜法です。記譜法といっても現代の私たちがイメージするような、音の長さや高さを正確に表すような類のものではなく、歌い方をメモした記号のようなものだと思っていただいた方がわかりやすいかと思います。

 日本語でも読むことのできる、ネウマに関する詳細な解説書「グレゴリオ聖歌セミオロジー」の著者、E. カルディーヌはネウマのことを非常に端的に、〈書きとめられた動作〉と表現しています。つまりネウマとは、グレゴリオ聖歌を歌う際の、旋律の動きを書きとめたものなのです。

実際の写本を見てみましょう。

(図2)


 こちらは2015年5月のサリクス・カンマーコア第1回定期演奏会で演奏した、入祭唱Cantate domino canticum novumの一部です。歌詞の上に書いてあるにょろんとした記号がネウマです。

 上に挙げた四角譜(図1)は、この曲と同じ曲です。そして世の中には便利なものがありまして、このネウマと、四角譜とを対応させた楽譜も出版されています。

 Graduale Triplexという聖歌集です。これは四角譜と2種類のネウマ(四角譜の上にラン系ネウマ、四角譜の下にザンクトガレン系ネウマ)の3つの楽譜を対応させて同時に見れるようになっています。書誌詳細

 Triplex自体は著作権の関係でここに載せることはできませんので、皆様はお手数ですが、Triplexをお買い求めいただくか、図1と図2を見比べてみてください。

ネウマの表す歌心

 ではこの例(Einsiedeln121という写本に見られる、ザンクトガレン系ネウマ)を使って、ネウマがどういった歌い方を示しているのかを見ていきたいと思います。

①ペスの縮小形リクエッシェンスに指示文字メディオクリテル

 まずCantateのCanの部分ですが、そこに対応するネウマはペスの縮小形リクエッシェンスで、そこに指示文字のm(mediocriterメディオクリテル)が付されています。

 ペスというのは上行の2音ネウマで、基本的に1音目が短く2音目が長く、ビヨーンという感じに1音目が2音目に流れます。音は2つですが、ネウマは1つというところがミソで、これを2つのものとしてではなく、1つのものとしてとらえるという事がとても大事です。

 ペス基本形は以下のような形をしています。

(図3)


 そして図2に表されている記号は、この基本形のペスの右肩が欠けたような形をしています(ちょっと斜め向きのCのようにも見えますね)。これがペスの縮小形リクエッシェンスです。

 リクエッシェンスというのは、簡単に言うと「そこで子音を発音してね」というような意味で、この場合Canのnを、ペスの2音目のファの音で発音することを示しています。ペスの2音目が縮小されて、子音だけに充てられるということで、ペスの縮小形リクエッシェンスと呼ばれます。

 そしてそこにさらに指示文字のmですが、指示文字というのはネウマに付加して歌い方を指示する文字で、ネウマに書き表しきれなかったより微細なニュアンスを、文字によってあらわしています。mメディオクリテルは「中庸に」という意味です。

「・・・何が?」というツッコミが聞こえてきそうですが、実は何が中庸なのかははっきりとはわかりません。音程かもしれないし、長さかもしれないし、スピード感かもしれません。例えばもしs mと二つの指示文字が並んでいた場合、sursum(高く)m(中庸に)という意味なので、「高く、しかしい中庸に」という意味だということが分かります。あるいはc mだとceleriter(速く)m(中庸に)ですので、中庸なのはその速さです。

 この場合単にmだけですので、何が中庸なのかわかりませんが、四角譜を見るとここの音程はレ-ファです。ひょっとするとこの音程の幅のことを言っているのかもしれません。

②ヴィルガとトラクトゥルス

 続いてCantateのtaにある斜線のようなネウマですが、これはヴィルガといって、「高い」という意味の1音ネウマです。これと反対の意味を持つのが、Dominoのnoにある横棒のようなネウマで名称はトラクトゥルス、「低い」という意味の1音ネウマです。どのくらい高いのか、低いのか、はわかりません。何に対して高いのか、低いのか、は前後関係を見て判断します。このヴィルガは、次のteの音に対して「高い」という事になります。

③サリクス(1音目にエピゼマ付き)

 そしてCantateのteですが、出ました何を隠そうこれが「サリクス」です!サリクス・カンマーコアはこのネウマから命名しました。これは基本的に上行の3音ネウマで、基本形は以下のような形になっています。

(図4)


 一音目は短く、3音目は長く歌います。そして特徴的なのは第2音目(オリスクスといいます)で、これは何らかの装飾を伴って、次の音へ流れていく音だと考えられています(前述のカルディーヌは「後続音へのある種の旋律的な緊張を示す」と言っています)。5月の演奏会では、この2音目で声を揺らして3音目へと流れるように演奏しました。

 サリクスは心の動きをそのまま音にしたような素敵なネウマで、この場合、主に向かって歌う事の震えるほどの喜びを表現しているのだと考えられます。

 この例では、図3の基本形の1音目が点(プンクトゥム)ではなくエピゼマ付きのヴィルガになっています。エピゼマというのは、その音を長くする、いわゆるテヌートのような意味を持った記号です。ですので、基本のサリクスよりも、1音目を引き延ばした歌い方となります。Cantateの語尾をおさめて丁寧に歌うや否や、動きを伴った上行に転じ、「主Domino」へと流れ込んでいきます。

 (ちなみにサリクスのロゴマークは、このネウマをあしらったものとなっております。青い部分です。オリスクスの部分がSalicusのSになっています。そして、黒い円の中にはサリクスに対応する四角譜があります)


④エピゼマ付クリヴィス

 脱線しました(笑)。続いてDominoのDoですが、これはペスと対になる記号、クリヴィスで、基本形は以下です。

(図5)


 1音目は短く2音目は長く(ペス程ではない)、1音目に緊張感があって2音目が弛緩している、という点はペスと同じですが、クリヴィスはその下降バージョンです。そしてこのクリヴィスの基本形に、先ほども登場したエピゼマを付したものが、ここに表されている記号です。この場合クリヴィスの1音目も2音目も引き延ばされて歌われることとなります。

えー次で最後にします。歌いながら説明するのが早いんですけど、文章にすると予想外に大変でした。もう読み飽きましたよね・・スミマセン。

⑤トルクルス(縦置き)

Dominoのmiです。これは3音の上がって降りるネウマで、トルクルスといいます。このネウマの基本形は以下です。

(図6)


くるっと回った形が音の形をそのまま表していますよね。これまでの図形も、理屈はともかく、見た記号の形がそのまま歌い方を表していると思いませんか?音の動きをそのまま書き表した、歌い方のメモだというのが、おわかりいただけると思います。

 この基本形のトルクルスが、ちょっと角ばった形をしたのが、ここに表されているネウマ(縦置きトルクルスとも呼ばれます)で、トルクルスの3音とも引き延ばして固めに歌うという事が指示されています。

 つまり、DominoのDoとmiにあてられたネウマは、すべての音を引き延ばすように指示されており、そのことで、「主Domino」の威厳を表しているのです。

 このように、文章で説明すると、これだけの分量になる情報を、たった6つの簡単な記号と、1つの指示文字によって示しています。考え抜かれた繊細な表情を伝えながらも、それでいて非常に簡潔に記録した、優れた記譜法であるということを感じていただけたら嬉しいです。

是非声に出して、上の曲を歌ってみてください。何も知らずに四角譜を見たときと、ネウマを知ってから歌うのと、その違いを感じていただけると思います。

【次回予告】

次回はこのネウマから導き出されるグレゴリオ聖歌の歌唱法が、いかにしてポリフォニーに受け継がれていったかをお話しいたします。

(櫻井元希)

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