第49回 ミサ《ロム・アルメ》〜種々の作曲家による〜(その1)
今回は12月19日のEnsemble Salicusの演奏会に関する記事です。
その1としました今回は、この演奏会の選曲コンセプトと、前半プログラムの解説をいたします。
Ensemble Salicus第2回となるこの度の演奏会では、15世紀から16世紀にかけて大変人気を博した、 “L’homme armé”(武装した人)という歌をもとにしたミサ曲を演奏いたします。
“L’homme armé”の旋律がどのような由来を持った旋律であるかは謎に包まれています。その歌詞全体が書かれたものはナポリの写本に掲載された作者不詳のミサ曲のテノール声部に残されているだけで、旋律も歌詞も、誰がなんのために作ったのかわかっていません。ABAという単純な構造の旋律ながら、音域が広く変化に富んでいる上、印象的な4度、5度の跳躍を持ち、定旋律として魅力的だったのでしょう。“L’homme armé”を定旋律としたミサ曲は15世紀から16世紀にかけて40曲以上も作曲されました。
多くの作曲家がこの同じ旋律に取り組んだことで、いかに他の作曲家のものと違う個性的な作品を作るか、ということを当時の作曲家たちは考えたのでしょう。作曲技法への挑戦といった風情の作品が多いように感じます。その中でも面白いのは、ジョスカン・デ・プレのミサ《ロム・アルメ》〜種々の音高による〜です。この作品は、その副題の通り、キリエはドから、グロリアはレから、クレドはミからというように、同じ旋律を開始音を変えて作曲した大変意欲的な作品です。
今回の演奏会は、このミサ曲の副題にヒントを得て、ミサ《ロム・アルメ》〜種々の作曲家による〜というタイトルを付けました。
キリエはヨハネス・レジス(ca.1430-ca.1485)
グロリアはアントワーヌ・ビュノワ(ca.1430-1492)
クレドはギョーム・デュファイ(1397-1474)
サンクトゥスはジョスカン・デ・プレ(1450/1455-1521)
アニュス・デイはピエール・ド・ラ・リュー(ca.1460-1518)
のミサ《ロム・アルメ》を演奏いたしますが、これらの作品はどれも個性的で、一見統一感が無いようですが、テノールでほぼ一貫して歌われる“L’homme armé”の旋律によってまとめられ、多様でありながら一貫性のあるプログラムになったのではないかと思います。
前回同様ミサの典礼に習い、グレゴリオ聖歌で固有唱を歌います。今回歌うのは待降節第2主日のミサです。待降節の時期にはグロリアが省略されますので、今回の演奏会ではキリエのあとにグロリアは演奏いたしません。ミサのあと、典礼の脈絡から離れて、最後にビュノワのグロリアを演奏いたします。

いわゆるナポリ写本のミサ《ロム・アルメ》(作者不詳)のテノール声部

キリエ:ヨハネス・レジス(ca.1430-ca.1485)
ミサ《ロム・アルメ/聖なる秘跡が》
Kyrie : Johannes Regis Missa
“L’homme armé / Dum sacrum mysterium”
レジスはギョーム・デュファイ(1397生)とジョスカン・デ・プレ(1450/55生)のちょうど中間あたりに生まれた作曲家で、ネーデルラントで活躍し、カンブレにいた際にはデュファイの書記を務めていました。ある写本ではレジス作のモテットがジョスカン作と記されるほど、熟達した技法を持っており、理論書にもジャン・ド・オケゲムやアントワーヌ・ビュノワと同等に扱われるほど評価の高い作曲家でした。
レジスのミサ《ロム・アルメ/聖なる秘跡が》では、外声がミサ通常文を歌うのに対し、内声はそれに加えて大天使ミカエルのアンティフォナを歌います。聖歌の旋律をそのまま歌う場合と、“L’homme armé”の旋律に「聖なる秘跡が」の歌詞がつけられている場合とがありますが、今回演奏するキリエは後者です。武装した人と戦士としての大天使ミカエルのイメージが重ねられています。
