第58回 J. S. バッハの教会カンタータvol.2
いよいよ今月末に迫りました教会カンタータシリーズvol.2について簡単にお話したいと思います。
モテット
「あなたを離さない、あなたが私を祝福してくれるまで」 BWV Anh. 159
“Ich lasse dich nicht, du segnest mich denn” BWV Anh. 159
今回演奏するのは全てツィンク(リップリードの高音木製楽器)とサクバット(トロンボーンの祖先)3本の入った編成のカンタータですが、冒頭には二重合唱のモテット“Ich lasse dich nicht, du segnest mich denn” BWV Anh. 159を演奏します。
選曲の意図としては実はこのモテットのほうが先で、ゆくゆくJ. S. バッハのモテットを全曲楽器入りで演奏、録音したいなあと思っていたところに、今年2月サリクスでツィンク、サクバット隊とご一緒させていただく機会がありました。
これは渡りに船ということで奏者の方々とコンタクトを取り、この度このように非常に贅沢な編成でカンタータを演奏することとなりました。
というわけで最初に演奏するモテットは今後を見据えた試金石とも言えます。第1合唱を弦とともに、第2合唱を管とともに演奏することで得られる豊かなサウンドは、想像するだけで垂涎モノです。ちなみにAnh. 159という見慣れない作品番号がつけられているのは、このモテットに偽作の疑いがあったということで、Anhang(付録)に分類されているからです。現在ではJ. S. バッハの作品である可能性が非常に高いとされています。
カンタータ
「キリストは死の縄目に捕われた」BWV 4
"Christ lag in Todesbanden" BWV 4
BWV Anh. 159はJ. S. バッハがライプツィヒに赴任する以前に作曲されたと考えられていますが、続いて演奏する"Christ lag in Todesbanden" BWV 4もまた初期に作曲されたいわゆる「初期カンタータ」です。この非常に有名なカンタータは、ライプツィヒでの再演稿によって伝えられていますが、この版にはツィンクとサクバットが加えられています。オーボエやフルートなど他の管楽器を使用せず、弦も通常の4部ではなくヴィオラを分割した5部編成という、J. S. バッハのカンタータの中でもかなり特殊なサウンドのするカンタータです。
このカンタータは同名コラールをもとにしたカンタータですが、このコラール全節が使用されているという点でも特殊です。ライプツィヒ時代にバッハが連作したいわゆる「コラールカンタータ」というのは、一つのコラールの第1節を冒頭合唱に、最終節を終曲コラールに用い、間の節をパラフレーズ(言い換え)た自由詩のテキストを持つもので中間楽章を作曲するというもので、その旋律も中間楽章ではほとんど用いません。(今回演奏するBWV121はこの形で書かれています)
それに対しBWV4はコラール全節そのままのテキスト、そして旋律も全ての楽章で用いていますので、いわゆる「コラール・カンタータ」に対して「純粋コラールカンタータ」などと呼ばれたりしております。コラールの旋律を全楽章に使用しているという点でコラール変奏曲の大規模多楽章声楽版とも言えるかもしれません。
ちなみにこのコラールはグレゴリオ聖歌Victimae Paschali laudesをもとにルターが作曲したコラールですが、よく見ると旋律が同じなのは最初の部分だけで、後半はほぼルターの創作です。
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同じと言いましたが5度上に移高されてますね。
グレゴリオ聖歌の歌いまわしからその後のキリスト教声楽作品の演奏法を探るサリクスとしてはまさに持ち味を十二分に発揮できる作品と言えると思います。
「見よ、どれほどの愛が」BWV 64 "Sehet, welch eine Liebe" BWV 64
続いて演奏するのは一風変わったクリスマスのカンタータです。大体普通の(バッハ)カンタータというものは冒頭合唱→レチタティーヴォやアリア→終曲コラールというフォーマットに則っているのですが、このカンタータにはコラールが3曲も登場します。これはおそらくバッハの意向というよりは台本作家の意向なのですが、このカンタータの台本作家が誰かはわかっていません。
クリスマスのカンタータと言いながらクリスマスらしさを感じられるのは2曲めのコラール(ルターのクリスマスコラール)だけで、1曲めの冒頭合唱はやたら厳格な雰囲気のポリフォニーだし、3曲めからは「この世の虚しさ・儚さ」がテーマになっていておよそ牧歌的で暖かな、私たちが想像するようなクリスマスの雰囲気ではありません。降誕を虚しい今世からの別離の機会を与えてくれた神の愛として捉えているのです。
「さあキリストを讃えよう」BWV 121 "Christum wir sollen loben schon" BWV 121
休憩を挟みまして後半最初のカンタータはこれもクリスマスのカンタータ。上述のようにコラールカンタータです。
そしてこのコラールもまた、グレゴリオ聖歌をもとにしたコラールです。
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先ほどとは違いかなりグレゴリオ聖歌そのまんまなのがわかると思います。このコラールをバッハはモテット様式という古風なやり方で編曲しました。というわけでこのカンタータほどグレゴリオ聖歌からダイレクトにバッハへのつながりを感じられる曲は多分他にありません。
グレゴリオ聖歌をもとにしたコラールって実はそんなにたくさんない上に、Christ lag in Todesbandenの例のようにグレゴリオ聖歌の旋律からインスパイアされているものの、そのまんま使っている例というのはほとんどないんです。
なのでこの曲こそまさにサリクスが演奏せざるを得ない曲!まさにサリクスにうってつけな曲なのであります!
「神に賛美!今、年も終わりに近づき」BWV 28 "Gottlob! Nun geht das Jahr zu Ende" BWV 28
最後に演奏するのは今回選んだカンタータの中で最も大編成の作品です。ツィンク、サクバット3本に加えオーボエも3本!(そのうち1本はターユというテノールの音域の楽器)
それはそれは豪華です。1曲めはソプラノアリアなのですが、ここでオーボエが大活躍!弦とオーボエ族があたかも二重合唱のように掛け合う華やかな作品です。続くモテット風の合唱曲でツィンクとサクバットが加わり、合唱を弦と木管と金管が3重に増強するという信じられないくらいマッチョなモテットです笑。
そしてこの曲はサリクスの第1回定期演奏会に演奏しました。このコラール、Nun lob mein Seelはモテット "Singet dem Herrn ein neues Lied"の中間楽章に使われているんですね。その当時は合唱と通奏低音のみで演奏しましたが、7年越しでようやくこの曲の本来の姿をお見せできることが出来るということで、燃え、萌え、悶えております。
ということでまとめますと、楽器入りモテット全曲演奏の試金石としてのBWV Anh. 159、グレゴリオ聖歌由来のコラールを全曲に渡って徹底的に使用したBWV4、同じくグレゴリオ聖歌由来で、ほとんどグレゴリオ聖歌のドイツ語訳くらいそのまんまなコラールを使用したBWV121、第1回定期演奏会でも演奏した超マッチョモテットを擁するBWV28、という最高の5曲を演奏します。ぜひ皆様聴きに来てください!
Salicus Kammerchor演奏会
J. S. バッハの教会カンタータvol.2
11月25日(金)19:00開演(18:30開場)
日本福音ルーテル東京教会 https://tiget.net/events/195976
11月29日(火)19:00開演(18:30開場)
豊洲文化センター ホール
詳細はこちら↓
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