第2回 ネウマを学ぶ①~単純ネウマ・複合ネウマ~
第2回
ネウマを学ぶ①
~単純ネウマ・複合ネウマ~
皆さまこんにちは、渡辺研一郎です。
5回で学ぶネウマ講座、第2回となります。今回から第4回までは「ネウマを学ぶ」と題し、ネウマの各記号にスポットを当てながら、その名称や意味などについてお話ししたいと思います。
「ネウマ」と一口に言ってもたくさんの種類があります。どのように秩序立ててご説明しようかと考えましたが、ニューグローヴ世界音楽大事典を見ますと、ネウマは大きく4つにグループ分けされています。それは、①単純ネウマ、②複合ネウマ、③特殊ネウマ(装飾ネウマ)、④融化ネウマ、という4グループです。この大きなグループ分けに則りながら順番に進めて行くと理解しやすいのではと思いました。
今回は「①単純ネウマ・②複合ネウマ」についてお話しましょう。
◎表で見る単純ネウマ・複合ネウマ
ではまず、「単純ネウマ」「複合ネウマ」にどのようなネウマがあるのかを表でご覧いただきましょう。
単純ネウマ9種、複合ネウマ2種を掲載しています。
単純ネウマは、主に1音から3音で成る旋律の動きを示すネウマです。複合ネウマは、単純ネウマ同士が組み合わさったり、単純ネウマが拡大することによって形成されて、主に4音から6音で成る旋律の動きを表します。(複合ネウマは、単純ネウマ組み合わさり方や拡大の仕方によって色々な種類があり得るのですが、今回は以下で見るグレゴリオ聖歌の中に出て来る2種類を掲載しました。)
◎グレゴリオ聖歌中に見る単純ネウマ・複合ネウマ
第1回に動画でご紹介したグレゴリオ聖歌 “Alleluia: Vidimus stellam”(アレルヤ唱『私たちは星を見た』)には、上の表に掲載した単純ネウマ・複合ネウマの使われている部分があります。(動画へのリンクは今回の記事の最後にも掲載しています!)
“Alleluia: Vidimus stellam” のネウマ譜(922~925年頃、スイス、ザンクト・ガレン)
(出典)『ザンクト・ガレン修道院359写本』、46頁。
まずは冒頭、“Alleuia” の “Al” と “le” の部分です。
ここには「トラクトゥルス」という横線のネウマと、「ヴィルガ」という斜め線のネウマが使われています。いずれも、一つずつの音を表す単純ネウマです。両者の違いは何かというと、それは示す音程にあります。トラクトゥルスの方は「相対的に低い1音」、ヴィルガの方は「相対的に高い1音」を表します。
「相対的?」。ちょっとピンと来ないかもしれませんが、実際に四角い音符で示されている音程を見ると分かりやすいかもしれません。トラクトゥルスの方の音程は「ド」、ヴィルガの方の音程は「レ」となっています(上から二本目の線のところにあるのは「へ音記号」です)。当たり前かもしれませんが、「ド」は「レ」より低く、反対に「レ」は「ド」より高いですね。「相対的に低い⇔相対的に高い」というのはまさにこういう意味なのです。つまり、トラクトゥルスは旋律の前後関係から見て低い音、ヴィルガは反対に、旋律の前後関係から見て高い音を示す、というわけです。
ちなみに、トラクトゥルス tractulus という名前は、ラテン語で「引く」や「引っ張る」の意味を持つ “traho” に由来すると言われ、一方のヴィルガ virgaはラテン語で「小枝」や「杖」といった意味を持つ “virga” に由来すると言われます。確かに、横線を「引く」ようなトラクトゥルス。一方、ヴィルガの斜め線は「小枝」や「杖」に見えるかもしれません。
続いて、「クリヴィス」と「ペス」というネウマを紹介します。
左がクリヴィスです。“Vidimus” という歌詞の “Vi” の部分。右がペスで、“adorare” という歌詞の “re” の部分に使われています。
クリヴィス clivis は、ギリシャ語の「曲げる・傾ける」を意味する “κλίνω” (klino)、あるいはラテン語の「斜面・坂」を意味する “clivus” に由来するとされていますが、まさに旋律を傾けるように、「高-低」という下行の2音から成る旋律を表します。上の例では、「レ-ド」という音の動きです。
一方、ペスはその反対の動き、つまり「低-高」という上行の2音から成る旋律の動きを示します。上の例では「ファ-ソ」という動きになっています(縦に並んだ四角い音符もネウマの動きと同じで、下から上に読みます)。ペス pes はラテン語で「足」という意味なのですが、確かにペスの図形は足(かかとからつま先にかけての部分?)に見えるかもしれません。
◎一つの図形・想像できる旋律の動き
クリヴィスやペスを見て面白く感じるのは、複数の音から成る旋律の動きを一つの図形で表していること、それから、ネウマの形から旋律の動きが想像しやすいということです。このような特徴はクリヴィスやペスに限らず、他のネウマにも見られるものです。
「低-高-低」という3音の音型を表す「トルクルス torculus」、その反対に「高-低-高」という3音の旋律の動きを表す「ポレクトゥス porrectus」も、やはり一つの図形によって描かれます。
3音(あるいはそれ以上の音数)の下行形を示す「クリマクス climacus」や、その反対に3音(あるいはそれ以上の音数)の上行形を示す「スカンディクス scandicus」は、斜め線(ヴィルガ)と点(プンクトゥム)という複数の図形から成っているように見えますが、旋律の動きが想像しやすい図形であるという特徴はやはり感じられると思います。
複合ネウマになっても、やはりその特徴は見られます。図表2で示した「ポレクトゥス・フレクスス porrectus flexus」は、単純ネウマのポレクトゥスに低い1音が加わって拡大された複合ネウマで、クリヴィスが2個連なったようにも見えるネウマですが、図形の形宜しく「高-低-高-低」という動きを表します。「ペス+プンクトゥム」によって出来る「ペス・スブプンクティス pes subpunctis」も、図形から得られるインスピレーションが旋律の動きに反映されているでしょう。
第1回で、「ネウマ neuma」という言葉の由来としてギリシャ語の “νεύμα” をご紹介しました。
“νεύμα” には「身振り」という日本語訳がありますが、ネウマはまさに、旋律の「身振り」を感じさせるものであろうと思います。
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さて、かなり長い説明になってしまいました。m(__)m
今回も前回と同じ “Alleluia: Vidimus stellam” の動画のリンクを貼らせていただきます。 図表1と2に掲載したネウマが使われていますので、ぜひご覧になり、単純ネウマや複合ネウマの理解に役立てていただければと思います。
紙面の都合で曲中の例を引用できなかったネウマについては、動画を見ながらご自身で探していただけると嬉しく思います。(動画をご覧になれない方、申し訳ありません。また、ネウマに線がくっついていたり、ネウマの周辺に色々な記号が見られるかもしれませんが、その意味については最終回にご説明する予定です!)
それでは今回も、最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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