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第2回 「息の流れをよくしよう」〜呼吸について〜

〜ネウマ的に歌うための発声エッセンス〜第2回です。

前回の「タングトリル」いかがでしたか?

今回は声のもととなる声帯原音を安定して鳴らしていくための「呼吸」についてお話ししていきます。

 

呼吸という運動について

歌を歌うときの呼吸について、世の中でもっとも多く言われていて、主流となっている考え方は「息を吐ききって、お腹を緩めれば息は勝手に入ってくる」というようなものではないでしょうか。

これは確かに正しい部分はあると思いますが、人間の持つポテンシャルを活かしているとは言えないと思います。

それは一体どういうことでしょうか?

まずは、呼吸という運動を行う際の身体の動きを「吸気時」「呼気時」の二つに分けて、おおまかに解説していきます。

 

・呼吸の際の身体の動きについて

①吸気時に緊張する筋肉

・横隔膜

・外肋間筋

横隔膜は胴体の上部にあるドーム型の筋肉で、肋骨の内側でアーチ状に上へ伸びて、胸腔と腹腔の境目となっています。

吸気時には緊張し、ドームの天井が潰れるような感じになり腹部にある内臓を押し下げて、お腹が膨らみます(息がお腹に入るわけではない)。

外肋間筋は肋骨の間にある筋肉で、それぞれの肋骨の間隔を狭くする働きがあります。

これが緊張すると肋骨の間の距離が詰まり、胸郭が持ち上がります。

これらの働きにより、肺のスペースが拡大することで、空気が身体の内側へ入ってきます。

②呼気時に収縮する筋肉

・内肋間筋

・腹壁の筋肉

内肋間筋は外肋間筋と同じく肋骨の間にある筋肉で、外肋間筋とは逆に、それぞれの肋骨の間隔を広くする働きがあります。

これが緊張すると胸郭が下がります。

腹壁の筋肉というのはお腹を囲んでいる「腹横筋」「斜腹筋」「腸腰筋」などの筋肉を指します。

これらは、吸気時に横隔膜によって押し下げられた内臓が元の位置に戻るのを助けます。

(横隔膜が緩んでいくだけでも良いところを、それをサポートする運動といえます)

これらの働きにより、肺のスペースが小さくなり、肺の中の空気が外へと出て行きます。

呼吸の運動を簡単にまとめると

横隔膜・外肋間筋の働きで肺のスペースが大きくなり、空気が入ってきて

内肋間筋・腹壁の筋肉の働きが肺のスペースを小さくして、空気が出て行く

と、なります。

理屈的には、これらの動きによって肺の体積が変化し、圧力の高い方から低い方へ流れ込むという空気の性質により、肺の中へ空気が入ったり出て行ったりします。

息を吸う際に「スゥ〜」という呼吸音を出す出さないは、息の出し入れされる量の多さとは直接的には関係ないんですね。

音を立てて吸った方がたくさん吸えるような感じはするんですけどね。

 

・肺の残気量と呼吸における「緊張」と「弛緩」

ネウマだけでなく、音楽においても非常に重要な要素である「緊張」と「弛緩」

いま紹介した呼吸に関わる筋肉たちにも、それぞれにこの二つの動きがあります。

先ほど紹介した①吸気時に働く筋肉②呼気時に働く筋肉、はそれぞれどのタイミングで緊張し、弛緩するのでしょうか。

それは、肺の残気量によってわかります。

肺が使える全ての息の総量を100%として、肺の中の空気の50%を境目にして、二つの領域があります。

0〜50%の領域を「空息域」、50〜100%の領域を「満息域」と呼びます。*1

ちなみに、普段生活する上で使われる領域は、満息域のうち50〜60%の領域と言われています。

上の図を見てみましょう。

残気量0〜49%の空息域では

呼気→緊張 「①呼気時に緊張する筋群」が働く

吸気→弛緩 「①呼気時に緊張する筋群」が緩む

残気量51〜100%の満息域では

呼気→弛緩 「②吸気時に緊張する筋群」が緩む

吸気→緊張 「②吸気時に緊張する筋群」が働く

となっています。

くだいて言うと

満息域では、努力して吸い、吐くのは身体が緩むのに任せる

空息域では、努力して吐き、吸うのは身体が緩むのに任せる

ということになります。

冒頭で触れた「息を吐ききって、お腹を緩めれば息は勝手に入ってくる」というのは、空息域の話をしている、というのがわかります。

それでは肺が持つポテンシャルのうち50%までしか使えません。

100歩譲って普段の生活時の60%までの空気を使えたとしても、それより多くの空気を使うことはできません。

*1 [呼吸を変えれば音楽は変わる!](きゃたりうむ出版)著者の黒坂洋介先生による造語。

 

・歌における「空息域」/ 息を吐き切る、ということについて

前置きが長くなりましたが、ここで一度みなさんに満息域と空息域の違いを実感していただきます。

「あ〜」とロングトーンで発声してみてください。

初めのうちは楽に伸ばせると思いますが、しばらくすると「あ゛〜」と息を絞るような感じになり、声も少し苦しそうな音色に変化すると思います。

そこが、満息域と空息域の変わり目です。

吹奏楽や武術の世界では、空息域の呼吸が大切になってくるそうですが*2、歌においては、空息域での呼吸というのは声に悪影響を及ぼすということが、いち歌手の実感としてありますし*3、空息域では仮声帯という声帯の真上にあるヒダのようなものが接近しやすくなり、それにより息苦しそうな音色になると言われています。*4

歌においては、満息域をいかに有効に使っていくか、ということが大切だと思います。

つまり、息を吸う方に努力感を感じながら呼吸していく必要がある、ということです。

*2 [呼吸を変えれば音楽は変わる!](きゃたりうむ出版)の記述による

*3 [歌手ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと](春秋社)の記述による

*4 [The Estill Voice Model](Estill Voice International)の記述による

 

・満息域での呼吸

今回の記事の締めとなります、満息域での呼吸について説明していきます。

鼻からでも口からでも構いませんので、息を「もうこれ以上入らない」と感じるくらいまで吸ってみてください。

肋骨が動いて胸郭が広がり、横隔膜によって内臓が押し下げられてお腹周りが膨らむ感覚が、普段の呼吸以上にはっきり感じられると思います。

日常生活では満息域のうちの50~60%の領域しか使わないため、外肋間筋や横隔膜の動きは大きくありません。

なので、肋骨や腹部が自分の感覚や外からの見た目ではっきりわかるほどには動いていないのです。

有酸素運動をすると大量の空気・酸素が必要となるため、これらの筋肉が大きく動きます。

それらの筋肉を、意図的に大きく動かすことが、歌における呼吸法について必要になることだと思います。

冒頭に書いた通り、呼吸の際の「スゥ〜」という摩擦音が大切なのではなく、肺の空間がいかに大きくなったか、ということが大切なので「これ以上吸えない」となった時の肋骨や腹部の感覚を覚えて、その時の身体の状態を、短いブレスでも再現できるようになると良いと思います。

練習方法としては、大変オーソドックスなものになりますが

4拍かけて吸って、4拍かけて吐く

というものが、やはり効果的だと思います。

意識するポイントとして重要なのは、吸う方を頑張って、吐く方はその緊張を解くだけ、という

ものです。

慣れてきたら、拍数を吸い2吐く6に変えてみたり、吸い1吐く7に変えてみたり、いろいろとアレンジをしてみてください。

 

・ネウマの緊張弛緩関係を表現するために…

いままで書いてきたような満息域での呼吸が実現できた上で、ネウマ的に歌うために、腹壁の筋肉による息のスピードコントロールが必要になります。

息をまっすぐ吐いている中で、腹壁の筋肉により若干息のスピードを上げることで、ネウマが持つ緊張弛緩関係を表現することができると思っています。

(ただこれは1つのアプローチでしかない、と感じている部分もありまして、呼吸以外の方法でも音の緊張弛緩関係を表現できると思っています。

特に、共鳴による緊張感のコントロールは声帯の振動に悪影響がないため、最終的にはそこを突き詰めていくべきかもしれない、と感じています。

そこはより深く勉強して考えがまとまったら、どこかで発表できればと思っています。)

この時に緊張する音の方の息がスピードアップすることが大切です。

古ネウマ初心者によくありがちなことですが、弛緩する音の方で息を遅くしすぎる(止まってしまう)ことがよくあります。

そのようなアプローチで歌ってしまうと、そこでフレーズが止まってしまいます。

すると、ネウマ一つの動きは表現できたとしても、そこで音楽が一度止まってしまいます。

ネウマが途切れていたとしても、そこで言葉やフレーズなど音楽そのものが途切れてしまうわけではないので、ネウマから次のネウマに向かっていくための推進力が必要です。

(ペスの2音目の音は次の音へと流れる性質がある、ということも、ネウマ研究の中で言われているそうです)

ネウマ的に歌うために、音の濃淡のコントラストを付けつつ、音楽の推進力を失わずに歌える、良い呼吸を身につけましょう。

(富本康成)

 

バックナンバー

第1回 「声の硬さを取ろう」〜タングトリル〜

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