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デビューコンサートの選曲に関して


Singet dem Herrn ein (altes und) neues Lied! グレゴリオ聖歌が映し出す新たなバッハ像

 Salicus Kammerchorデビューコンサートの選曲についてその趣旨をお話しさせて頂きたいと思います。  団体プロフィールにもあげましたように、J.S.バッハをJ.S.バッハたらしめたものは何なのか、というのがこの団体のテーマですので、プログラムのメインとして取り上げるのはJ.S.バッハの作品です。今回メインプログラムと致しましたのは、バッハのモテットSinget dem Herrn ein neues Lied BWV 225。このモテットは、3つの異なる詩篇と作者不詳の自由詩をテキストとした作品で、二つ目の詩篇はJ.Gramannによってコラールとして作詩されました。

 このSinget dem Herrn ein neues Lied BWV 225に含まれる三つの詩篇が、バッハ以前にどのように作曲されてきたかを辿るのが今回のプログラムのコンセプトです。それぞれの詩編について、グレゴリオ聖歌、ラテン語によるモテット、ドイツ語によるモテットという順で演奏します。

 一つ目の詩篇は第149篇、バッハのモテットのタイトルでもある「主に向かいて新しき歌を歌え」です。ラテン語ではCantate domino canticum novumとなります。プログラムの最初はこのラテン語テキストによる3曲です。①グレゴリオ聖歌の入祭唱、②W.Byrdによる5声のモテット、③D.Buxtehudeによる、通奏低音付きのソロによる3重唱です。盛期ルネサンスの重厚なポリフォニーと、ソロによる華麗なアンサンブルとの対比をお楽しみください。このCantate dominoのドイツ語訳が、Singet dem Herrnein neues Liedで、今回は①H.Schützと、②J.Pachelbelのモテットを演奏します。両方とも4声×2の二重合唱曲ですが、今回はそれぞれの一部をソロ編成でお送りします。

 二つ目の詩篇は第103篇「我が魂よ、主を称えよ」ラテン語ではBenedic, anima mea, dominoで、こちらも①グレゴリオ聖歌と、②H.Isaac、③C.Sermisyのモテットを演奏します。Isaacは、受難曲で使用され有名になったコラールの原曲「インスブルックよさらば」で有名ですが、その後のドイツ音楽に大きな影響を与えた作曲家です。Sermisyはフランドルの作曲家ですが、プロテスタントの教会音楽にも多大なる影響を与え、いくつかのルター派のコラールは彼の作品からとられています。  この詩編はドイツ語訳され、J.Gramannによってコラールとして作詩されました。その際歌詞は5節の有節形式で書かれましたが、今回はこの5節をそれぞれ別の作曲家の作品で、連続して演奏します。第1節はバッハのカンタータ第28番の冒頭合唱です。この楽曲は通奏低音以外独立した器楽声部を持たない、モテット様式で書かれています。本来声楽声部を器楽が補強するよう指定されていますが、今回は歌と通奏低音のみで演奏します。緻密に作り上げられたこの楽曲に続いて、第2節は単声のコラール原曲を全員で斉唱します。壮大なポリフォニーとの対比にご注目(注耳?)いただければと思います。第3節はM.Praetoriusによるカノンの楽曲です。これは女声二声で演奏します。第4節はJ.H.Scheinのモテットで、これもバッハの作品同様本来は楽器を重ねますが、今回は歌と通奏低音のみで演奏します。そして最終第5節はまたバッハに戻り、単独で伝承されたシンプルな4声体のコラールで締めくくります。

 さて三つ目の詩篇は、第150篇「聖所にて主を賛美せよ」です。これも①グレゴリオ聖歌を歌ったのち、ラテン語の楽曲を演奏します。②C.Monteverdiの作品はソプラノと通奏低音のための歌曲のような形式で、舞曲的な非常に軽快な作品です。それに比べ、③G.P.da Palestrinaの作品は、伝統的なモテット様式で、8声の非常に重厚な作品です。後期ルネサンスと初期バロックの境目を生きた二人の作曲家の驚くほどの個性の違いをお楽しみください。  この詩篇はドイツ語ではLobet den Hernn, in seinemHeiligtumと訳されています。こちらはドイツの初期バロックを代表する2人の作曲家、①J.H.Scheinと②H.Schützの作品を演奏いたします。シャインの作品は伝統的な5声モテット、シュッツの作品は4声の非常にシンプルな作品です。

 ここまで三つの詩篇のそれぞれグレゴリオ聖歌、ラテン語の作品、ドイツ語の作品という流れでプログラムを追っていきましたが、これら全てをお聴きになった後で改めてバッハのモテットSinget dem Herrnein neues Liedをお聴きいただくと、新たなバッハの一面が見えてくることと思います。バッハは新たな歴史を作った作曲家ではなく、歴史を完成させた作曲家であると言われています。バッハが完成させた歴史とはいかなる歴史であったのか、その歴史の一部を追体験することで、バッハという作曲家の輪郭がよりくっきりと見えてくるはずです。

 様々な演奏家が様々に演奏してきた有名なモテット、現代の私たちから見れば古い歌かもしれません。しかしこのような視点で改めてバッハを捉えなおすと、今までとは違った感覚でバッハの音楽がより親しみ深く、そしてより大きな感動を持って迫ってくると考えています。 まだ結成したての団体で、まだ自分たちでもどんな音がするのか、どんな音楽になるのか分かりませんが、「古く、しかし新しく」をモットーに音楽づくりをしていきます。興味を持たれた方は是非5月25日、武蔵野市民文化会館までお出かけください。

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