第8回 歌い手にとっての音律(その3)「不等分音律」

歌い手にとっての音律
第6回 歌い手にとっての音律(その1)
第8回 歌い手にとっての音律(その3)(この記事)
第9回 歌い手にとっての音律(その4)
4回かけて、サリクスが用いるいくつかの音律についてお話しいたしました。
第6回ではピタゴラス音律
第7回ではミーントーン
第8回ではヤング等の不等分音律
第9回では純正調(厳密には音律ではありません)
についてお話しています。
不等分音律あれこれ
前回はルネサンス後期から初期バロックにかけて好んで用いられたミーントーンについてお話しさせていただきました。
今回は少し時代が下って、バロック時代中期以降に用いられた様々な調律法を紹介したいと思います。これらの音律は、使われる調性の拡大にともなって、それに対応するように考えられたものです。ピタゴラス音律やミーントーンと違って、5度を同じ幅に取らないので、不等分音律といわれています。
いくつかその代表的なものの5度圏図をご覧下さい。

これをよくよく見ると、全部見渡しても純正長3度はたったの1個(キルンベルガーのC-E)しかありません。ですからある意味これら不等分音律は妥協の産物と言うことができ、基本的には純正長3度をあきらめた音律群であると言えると思います。
左の二つは、基本ピタゴラス音律で、余った24セントを4つの5度に割り振った音律です(キルンベルガーはピタゴラスコンマ24セントではなく、シントニックコンマ22セントをC-Eに割り振り、余った2セント(スキスマといいます)をFis-Cisにもってきています)。この二つは鍵盤音楽で多く用いられる印象ですが、アンサンブルでは鍵盤に音程を合わせるのが難しいからだと私は理解しています。
アンサンブルによく使われるのは右の二つ、ヤングとバロッティで、私たちも大体いつもこの二種類の調律法を用いています。 二種類といっても五度圏図を見ていただいてわかるとおり、この二つはほとんど同じ特徴を持っています。-2のブロックと+2のブロックがひとつずれているだけです(図の灰色の線で表しました)。
ヤング第2調律法
この2つの音律のうち、よりその特徴が分かり易いヤングを見てみましょう。

これを見ると、左側半分はピタゴラス音律と全く同じで純正5度(平均律より2セント広い)です。右側半分は平均律より狭くなっているので、ミーントーンに近い特徴をもっています。しかしその狭さの度合いはミーントーンよりも緩やかです(ミーントーンの場合は約4セント狭いですが、ヤングの場合は2セント狭い)。したがって、例えばCとEの長3度は純正ではありませんが「純正に近い」響きになります。 この狭い5度をどのくらい狭くするのかを決定するのは例のピタゴラスコンマです。純正5度を重ねて一周した時に出来る余りの24セント、これを何個の5度に割り振るのか、ということがそれを決定します。ピタゴラス音律の場合このピタゴラスコンマを一つの5度に固めてしまいましたが、ヤングの場合はそれを6分割して、右半分の6つの5度に割り振ったのです。24割る6で4セント、これは純正5度より4セント狭いということですから、平均律と比べると2セント狭くなるというわけです。
ヤングとは簡単に言うと、右側つまりシャープ系の調に頻発する和音がミーントーンに近く、左側つまりフラット系の調に頻発する和音がピタゴラス音律的に鳴るよう調律した調律法です。
シャープ系で鳴る和音とフラット系で鳴る和音とでは、響きが変わってくるのです。ワクワクしませんか?例えばGHDはミーントーンっぽい音がするのに、AsCEsは全くもってピタゴラス音律と同じ和音が鳴るのです!これはとても同じ長三和音とは思えないほど異なった響きです。
バロック期の調律法では、多かれ少なかれこのような調による響きの差が生まれます。この時期頻繁に言われる調性格論は、このことを考えに入れた時に初めて意味をなします。
調性格論
調性格論とは、調にはそれぞれ固有の性格があるという考え方です。いろんな人がいろんなことを好き勝手言っていて、話者によって言っていることが違うのですが、例えばM. シャルパンティエはこんな風に言っています。
ハ長調 素朴、陽気、勇壮
イ短調 素朴な悲しさ