第37回 特殊ネウマについて


Ensemble Salicus

(櫻井元希・佐藤拓・谷本喜基・富本泰成・渡辺研一郎)

Salicus Kammerchorから生まれた声楽アンサンブル。グレゴリオ聖歌を主なレパートリーとする。10世紀頃に書かれた「古ネウマ」を手がかりに、グレゴリオ聖歌の歌唱法を模索している。特に特殊ネウマ(装飾ネウマ)と呼ばれる、クィリスマ、オリスクス関連ネウマ、トリゴン、アポストロファの演奏法については、微分音にも着目し、グレゴリオ聖歌における装飾的な演奏法を追求している。

 このプロフィールの後半部分、かなり説明を必要とする内容かと思います。今回の記事では、この特殊ネウマについてお話させていただこうと思います。

特殊ネウマとは

私たちがグレゴリオ聖歌の歌い方の手がかりとしている古ネウマ(以下ネウマといいます)は、簡単に分類して、①単純ネウマ、②複合ネウマ、③特殊ネウマがあります(他に④融化ネウマという分類もありますが今回は取り上げません)。

①単純ネウマ

 単純ネウマとは、ネウマの中でも基本となるネウマで、1音から3音(4音以上のことも)の音のグループからなります。以下がこれにあたります。(わかりやすいように、ネウマとそれに対応する四角譜を併記しています)

 これらは音のまとまりを表しているだけでなく、視覚的に、長さ・音の流れ・音と音どうしの緊張弛緩関係も表していると考えられます。

②複合ネウマ

 複合ネウマは、単純ネウマを複数組み合わせたネウマです。以下がこれにあたります。

 ここに挙げたのは一例で、他にも沢山の組み合わせがあります。「ビ」はラテン語で「2」を意味し、「スブ」は「下に」の意味ですので、ペス・スブビプンクティスはペスの下にプンクトゥムが2つという意味になります。

 下の2つは3音のネウマにそれぞれ1音足したものになりますが、高い音を足す場合はレスピヌス低い音を足す場合はフレクススといいます。

③特殊ネウマ

 さて、ここでようやく本題の特殊ネウマです。文字通り「特殊なネウマ」なのですが、何が特殊なのかというと、上に挙げた2種類のネウマには無い特殊な歌い方を示していると考えられているからです。以下がその例です。

 下から6つはオリスクス関連ネウマというもので、単純ネウマの一部がオリスクス化したもの、あるいは単純ネウマとオリスクスが結合した複合ネウマです。この曲線で描かれた部分の音を「特殊な歌い方」で歌ったのではないかと言われています。

 では「特殊な歌い方」とはなんでしょう。実はよく分かっていません。様々な論拠で様々なことが言われていますが、まだコレ!という結論が出ていないというのが現状です。例を挙げると、音のズリ上げ・ズリ下げ(ポルタメント)、トリルのような装飾、声を震わせて同音連打をする(イタリアバロックのトリッロのような感じでしょうか)、微分音などが考えられています。

 オリスクス、クィリスマに関しては、現在Salicus Kammerchorでは音を上下に揺らす、いわゆるトリルのような歌い方を採用しています。そしてトリストロファは同音連打しながら徐々にクレッシェンドしていくような歌い方、そしてトリゴンについては同音2音と下降1音をただ軽く歌うということにしています。

 ただこのやり方に問題が無いわけではありません。

 例えばトリゴンの場合、ヴィルガ+クリヴィスで同じ音型が表せるため、これとの違いを表す工夫が求められます。つまり単純ネウマや複合ネウマで表せる同じ音型とは違う、特殊な歌い方を考えなければならないということです。

トリストロファについても、トリヴィルガ(ヴィルガが3つの複合ネウマ)との差は音の長さだけということになります。音の長さだけでこれだけ図形の差がある意味があるのかという問題があります。また理論書によっては、トリストロファは激しく「手を打つように」と解説しているものもあり、ただの同音連打ではそれを表現しきれないと思われます。

 最後に、オリスクス関連ネウマとクィリスマについてです。今のところこれらはどちらも声を上下に揺らす、いわゆるトリルのような歌い方をしていますが、これだとペス・クワッススとクィリスマが同じ歌い方になってしまいます。

 違う図形を用いていて、名前も違うのに歌い方は同じということがあり得るでしょうか。これも改善の余地がありそうです。

Ensemble Salicusの試み

 そこでEnsemble Salicusでは、これらの特殊ネウマについてどう処理するかを模索しています。

 そもそもEnsemble Salicusは昨年2016年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの企画の中でグレゴリオ聖歌を演奏したところからスタートしました。そのリハーサルの中で、この特殊ネウマの唱法についてこれまでのやり方でいいのか、という疑問が出てきたのです。

 そしてリハーサルの中で実践しながらあれやこれやと試行錯誤する中で、新たに私たちなりの特殊ネウマの歌い分けをとりきめました。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンでの演奏の様子

トリゴン

 これは従来同音の2音と下降の1音として処理していました。しかしザンクトガレン式ネウマでは、トリゴンの3つの点は2番目の点が位置的に高くなっています。このことから最初の2つの音は同音ではなく、2音目は1音目より高かったのではないか、またトリゴンの2番目の音は微分音による上行であって、それが時代とともに微分音を記譜できなくなったために、同音と捉えられるようになったという説があります。私たちはこの説を採用することとしました。

トリストロファ

 これは上にも書いたように、ある理論書では激しく「手を打つ」と書かれています。このことと、図形から得られる視覚的な情報から、その音から微妙に音をズリ下げていたのではないかという説を採用しました。その音の揺らしが激しく「手を打つ」という表現になったのだろうという仮説です。

オリスクス

 オリスクスはアルファベットの「s」のような曲線によって表されています。ネウマの図形の視覚的イメージを尊重するというのが私たちの基本的な考え方なのですが、その観点からは、基音から上下に装飾を入れるのではないかと考えられます。

 またこれは後の時代の装飾記号、ターンによく似ています。オリスクスが変化してターンの記号になったということも考えられなくもないかもしれません。

クィリスマ

 この図形をよーく見ると、トリストロファを逆さにしたものを3つつなげたように見えます。これをそのまま表現するならば、トリストロファの逆、つまり基音に対してズリ上げる装飾をつけるということになります。3回ズリ上げて、その3回目のズリ上げで次の高い音まで音に至るというように解釈しました。

 この解釈のもう一つの根拠は、同じ写本の中で、この逆アポストロファ(トリストロファは3つのアポストロファという意味、2つの場合はディストロファといいます)が2個であったり3個であったりするということです。今までの処理法ではこの2つは同じように歌われていましたが、この方法なら、2個の場合は2回ズリ上げ、3個の場合は3回ズリ上げ、と歌い分けることが出来ます。

 特殊ネウマをこのような解釈のもとに演奏した映像をYouTubeにアップしています。

 よろしければご覧ください。

Ensemble Salicus

Gregorian chant from "Proprium in ascensione Domini"

"Ordinarium missae I" グレゴリオ聖歌「主の昇天の祝日のミサ固有唱」/「ミサ通常唱1番」より

(櫻井元希)

【次回公演】

Salicus Kammerchorの次回公演は5月20・23日の第4回定期演奏会です。

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