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第6回 歌い手にとっての音律(その1)「ピタゴラス音律」


歌い手にとっての音律

第6回 歌い手にとっての音律(その1)(この記事)

4回かけて、サリクスが用いるいくつかの音律についてお話しいたしました。

第6回ではピタゴラス音律

第7回ではミーントーン

第8回ではヤング等の不等分音律

第9回では純正調(厳密には音律ではありません)

についてお話しています。

 

 前回までの記事では、3回に分けて、

という流れを考察しました。

 今回は私たちの音律に対する考え方をご紹介しようと思います。

 私は鍵盤奏者でも調律師でもないので、歌い手にとって音律をどう捉えどのように表現に生かしているかを主眼に書いていこうと思います。あくまで歌い手目線での捉えですのでその点はご了承ください。

 音律というのは、ブリタニカ国際大百科事典によると「音楽に使用される音高の相対的関係を音響物理的に規定したもの」ということになるのだそうですが、要はオクターブの中にある12の音を、どういうポリシーで配置するか、ということです。

 まず私たちにとって1番身近な音律である12平均律を考えてみましょう。この音律は「オクターブをきっかり12等分にして、その音程の幅が同じになるように規定した音律」ということになります。

 以下様々な音律が登場しますが、私たちにとって最も想像のしやすいこの12平均律をひとつの尺度として、これと比較することでその特徴を述べて行きたいと思います。

 その際比較に用いる単位は「セント」です。セントとは、オクターブを1200等分した音程の幅のことです。平均律はオクターブを12等分して半音を得ていますので、平均律の半音は100セントということになります。同様に全音は200セント、長3度は400セント、完全5度は700セント、という具合に音の幅を足し算引き算で考えられる便利な単位です。(音の振動数の比率で考えますと、掛け算割り算で計算しなければならないのでややっこしいんですね)

 

ピタゴラス音律

 まず音律のお話をする時に必ず初めにくるのがピタゴラス音律です。

 ピタゴラス音律というは、ごく簡単に言うと、全ての完全5度を純正に響かせることをポリシーとした音律です。

 しかし!ここで問題となるのが、この純正完全5度というものの音高幅なんです。  先ほど平均律では完全5度は700セントだと言いましたが、物理的に共鳴し合う純正な5度は、700セントじゃなくて702セントなんです。こりゃ参った。

 なぜ参るかというと、例えばCの音からこの純正完全5度で音を積み上げていくとします。 

C→G→D→A→E→H→Fis→Cis→Gis(As)→Es→B→F→C

 という具合に12回5度を重ねると元のCに戻ってきます。  この時5度の幅が700セントであれば、ぴったり元のCに戻って来れるのですが、702セントだと5度が2セントずつ高くなってしまい、それが12回繰り返されるので、Cに戻ってきた時には、最初のCと比べて24セントも高くなってしまうのです。

 このいかんともし難く悩ましい24セントのことをピタゴラスコンマといいます。音律の歴史は、このピタゴラスコンマをどうするかという戦いの歴史でもあります。

 ピタゴラス音律では、このピタゴラスコンマのしわ寄せを、あまり使わない(つまり同時に鳴らしたり、旋律的に行き来することの少ない)5度に持ってきました。

 例えば下の図の例の場合はEsとGisの間です。この2つの音を同時に鳴らすと、結構とんでもない音が出ます。これを中世の人はウルフ(狼)の5度と呼んで忌み嫌いました。

ピタゴラス音律5度圏図

(+2は平均律に対し5度が2セント広いことを表し、-22は22セント狭いことを表す)

 

ピタゴラス音律の特徴

 このような成り立ちで出来たピタゴラス音律ですが、今度はその特徴を見ていきましょう。

 ピタゴラス音律の利点は、旋律が美しく歌えるというところにあります。それはなぜか。以下の表をご覧ください。

(こちらも+4というのは平均律に対して2音の音程幅が4セント広いということを表しています)

 5度を広く純正にとることによって、全音の幅が広くなっていることがわかります。全音というのは完全5度2回分(例えばC-G-D)ですので、平均律と比べると4セント広くなるわけです。

 反対に半音は狭くなります。C-G-D-A-Eと純正5度を4回とって、平均律と比べると8セント高いEの音と、Cから反対側に5度をとって、2セント低いFの音との関係ということになりますので、平均律の半音と比べると10セントも狭いのです。

 この結果、全音は全音らしく伸びやかに、半音は半音らしく緊張感のある音程となります。

 また中世の音程システム、「ヘクサコルド」(シの無い移動ドのようなもの)では、ミは固い音、ファは柔らかい音とされています。ピタゴラス音律を用いると、ミの固さをその高さで、ファの柔らかさを低いファで表現し易くなります。

 旋律を美しく歌えるピタゴラス音律ですので、グレゴリオ聖歌を歌う時に適した音律と言うことができます。

 先日も紹介したヴォーカル・アンサンブル カペラもグレゴリオ聖歌をピタゴラス音律で歌っています。

Gregorian chant / Salve Regina

 また、グレゴリオ聖歌から発展していったポリフォニー(多声)音楽も、オケゲム、ジョスカンあたりまではこの音律で美しく歌うことができます。

 ポリフォニーはその初期において、4度と5度を美しく調和する音程と捉えました。平行オルガヌムなどを想像していただけば、如何にピタゴラス音律がこうした初期のポリフォニーに適しているかお分かりいただけると思います。なにしろ旋律が美しく、4度と5度がずっと純正に響いてくれるわけですから。

Alleluia :Nativitas gloriosae virginis Mariae

 その後声部が増えていっても、やはり基本となる音程は4度と5度でした。3度ももちろんない訳ではありませんが、遇性的な音と捉えられ、調和した音程とは捉えられていなかったのです。

 そのためオケゲムあたりまでは、終止の和音に長3度が含まれず、いわゆる空虚5度で終止することが基本となっています。この頃の人にとっては、空虚どころかこの5度こそが、完全で調和した音程だったのです。

J. Ockegem / RequiemよりIntroitus

 非常に重要なことは、この頃の音楽は長3度を調和したものとみなしていなかったので、長3度はハモったらまずいということです。この感覚は現代の感覚とは大きく異なるので、しっかりと抑えておく必要があります。  長3度(あるいはその転回系の短6度)は大抵、終止のひとつ前の和音の中に現れます(例えば2声の進行がミ→ファ、ソ→ファとなっている箇所、この場合は短6度ですが、3声の場合はこれにド→ドなどが加わりドとミの間に長3度が現れます)。現代の感覚でいうと、カデンツのドミナントにあたる和音です。音楽は緊張と弛緩によって進行していく訳ですが、この緊張がドミナントにあたり、弛緩が終止音(和声法で言うところのトニック)にあたります。長3度の音はこの緊張感を表現する為に用いられているので、その音が調和してしまうと、そこで和音が弛緩してしまい、次の音へと終止するためのエネルギーが失われてしまうのです。

 この緊張と弛緩は、ある意味ボケとツッコミみたいなもので、ボケがボケのまま放置されていたら気持ちが悪ーい感じになりますよね?はよーツッコまんかい!って思いますよね!  また、ボケがボケになっていなかったら話になりませんよね。はよーボケんかい!って思いますよね。ドミナントが弛緩してしまうというのはそういう状態です。ボケがボケないことには(ドミナントに緊張がないと)ツッコみようがない(弛緩のしようがない)ということです。

 そういうわけでピタゴラス音律が用いられていと考えられる時代の音楽を演奏する場合、ピタゴラス音律を用いて演奏しなければ、音楽の緊張弛緩関係を表現するのが困難になるのです。

 

【次回予告】

 えーーオチが微妙な感じになってしまいましたが、そろそろ3千字に達しようとしているので今回はここまでにして、次回以降また他の音律についてお話ししていこうと思います。

 次回は「ミーントーン」のお話をしようと思います。これはルネサンス後期からバロック初期にかけて特に活躍した音律で、あらゆる意味で今回ご紹介したピタゴラス音律と真逆の特徴を備えています。お楽しみに!

(櫻井元希)

 

【次の記事】

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