第2回 バッハの作曲した曲種、様式、技法

Salicus Kammerchorのコンセプトアウトライン
第2回 バッハの作曲した曲種、様式、技法(この記事)
前回の記事では、バッハの学習歴からそのバックグラウンドを探っていきました。今回は彼の作品からそのすそ野の広さを見ていこうと思います。
多彩な作曲ジャンル
J. S. バッハが作曲した曲のジャンル実に多岐に渡っており、オペラ以外はほとんど書いてしまったのではないかと思わせる程です。(世俗カンタータの音楽的構造は、レチタティーヴォ、アリア、重唱、合唱等から成り立っており、演技を伴わないということ以外はオペラとなんら変わりありませんが) バッハの作品はBWV(Bach Werke Verzeichnisバッハ作品目録)という作品番号でまとめられ、分類されていますが、この分類によって彼の創作全体を眺めてみましょう。 BWV1-200教会カンタータ BWV201-216世俗カンタータ BWV225-230モテット BWV232-243ミサ、マニフィカト
BWV244-249受難曲、オラトリオ BWV250-523コラールと宗教歌 BWV525-770オルガン曲
BWV772-994クラヴィーア曲
BWV995-1040室内楽曲
BWV1041-1064管弦楽曲 BWV1072-1085カノン、《音楽の捧げもの》、《フーガの技法》
カンタータにおける曲種、様式の混合
そしてこれらの曲種は、様式の上ではそれぞれお互いに絡み合い、特に教会カンタータにおいては、この中のかなりの要素が盛り込まれ、混合されていると言えます。
例えばカンタータ第29番《われら汝に感謝す、神よ、われら汝に感謝す》BWV 29を例にとってみると、

といった具合で、様々な曲種の混合によって一つのカンタータが形成されていることがわかります。
多彩な技法、様式
またその中の一つの楽章をとっても、その中で用いられている技法、様式は様々です。 合唱曲を例にとってみましょう。 先ほど例に挙げたBWV29の第二楽章は、モテット様式という比較的古い、伝統的なポリフォニーの様式で書かれていました。 これは合唱によるポリフォニーを楽器が補強し、独立した器楽パートを持たない様式です。(ただし、BWV29の場合、例外的にトランペットとティンパニは、合唱から独立しています。しかしトランペットの旋律そのものは、ほとんど合唱パートのモティーフで形成されており、声部の扱われ方は合唱となんら変わりません)
BWV29-2
それに対し、BWV110《笑いは、われらの口に満ち》の冒頭合唱曲は、器楽がもっぱら合唱とは別の、器楽的なモティーフを受け持ち、合唱がむしろその器楽的な旋律を受け継ぐような形で展開されます。(なぜならこの曲はもともと管弦楽組曲第4番の序曲だったのです!)
BWV110-1
この対照的な二つの合唱曲は、言ってみれば声楽的合唱曲、器楽的合唱曲と、カテゴライズすることができるかと思います。 そしてこれら両極端な様式の間をいくような、声楽的でありながら器楽的、あるいは器楽は器楽的だけれども合唱は声楽的、また前半は器楽的だけれど、後半はフーガで声楽的、そもそもフーガって声楽的なジャンルのはずだけどモティーフは器楽的、など様々なタイプの合唱曲があります。 そして更に、忘れてはならないのが、コラールとの関係です。 コラールとは、マルティン・ルターによってプロテスタント教会に導入された、会衆によって歌われるドイツ語の賛美歌です。 バッハはこれを様々な形で自分の作品に引用しています。 大多数のカンタータやオラトリオの終曲に見られるような、ホモフォニックでソプラノにコラールの旋律を置く4声体(カンツィオナル形式といいます)のコラールをセクションごとに分けて、器楽曲の中にそのまま組み込んだ様式(コラール組み込み様式)、「主よ人の望みの喜びよ」の訳で有名なBWV147の終楽章はまさにこの様式で書かれています。
BWV147-10
また旋律のみを引用し、ソプラノなどに歌わせ、他のパートは自由な旋律を歌うというパターン。これは、カンタータではありませんがマタイ受難曲の冒頭合唱がわかりやすいかと思います。
BWV244-1
合唱曲だけをとっても、これだけ多彩な作曲技法、様式が用いられています。バッハがそのパレットに、いかに多くの色彩を有していたか、その片鱗を垣間見ていただけたことと思います。
Salicus Kammerchorの取り組み
前回の記事では、バッハの音楽学習歴から、多角的アプローチの必要性を述べましたが、そのような音楽的バックグラウンドから生み出された彼の作