第5回 フランドルのポリフォニーからJ. S. バッハへ

グレゴリオ聖歌→ルネサンスポリフォニー→バッハの声楽曲
第5回 フランドルのポリフォニーからJ. S. バッハへ(この記事)
さて、前回の記事ではグレゴリオ聖歌からフランドルのポリフォニーへのつながりについて触れましたが、今回はフランドルのポリフォニーからJ. S. バッハへのつながりについて考察しようと思います。
ミサ曲ロ短調の中に見られる古様式
バッハがフランドルのポリフォニーから受けた影響は、非常に直接的に、ミサ曲ロ短調BWV232の第2部中のCredo in unum DeumとConfiteor unum baptismaに見ることが出来ます。バッハは後年パレストリーナのミサ「シネ・ノミネ」などを筆写・上演しており、そこで学んだ古様式Stile antico(バッハの時代、同時代のモダンな作曲法に対して、伝統的声楽ポリフォニーの作曲法のことをそう呼んでいました)がこの2曲には反映されているのです。
BWV232 Credo in unum Deum

バッハは古様式を用いる際、Alla Breve(Cに棒のついた拍子記号に倍全音符を1小説として数える)で記譜しました。この楽譜を見ていただくとそれがよく分かるかと思います。Credo in unum Deumというグレゴリオ聖歌の旋律がテノールから始まり、バスへと受け継がれていきます。伝統的なポリフォニーの様式に則っていることがわかります。
しかし単に古様式を模倣して飽き足らないのがバッハのバッハたるゆえん。Credoにおいては、声楽5声部に加えヴァイオリン2声部も声楽と同等に扱い、合計7声部がポリフォニーとして展開します。さらにそのポリフォニーを、バロックの専売特許である通奏低音に伴奏させたのです(始めのテノールの定旋律の歌い出しから、最後まで一貫して進む四分音符の歩み)。ここにあって、ルネサンスの様式とバロックの様式はバッハの類い稀な技法を通して一体となったのです。
ところで、バッハの時代スコアはすでに存在しましたが、演奏者は皆パート譜を見ながら演奏していました。歌のパートもそうです。こちらはCredoのソプラノのパート譜ですが、これをみると、前回見たポリフォニーの楽譜と見た目上それほど差が無いのが分かると思います。

小節線が出来て、リガトゥーラ(連結符)が無くなったくらいでしょうか。つまりこれを見て歌った歌手たちは、やはり必然的に水平方向に音楽を意識し、自分のパートの旋律線に注意を注ぎ、その上で耳でアンサンブルをしていたということが分かります。これは現在我々がスコアを見ながら歌う際の感覚、意識とはかなり異なっています。
記譜の見た目上からも、ネウマ以来の考え方が連綿と受け継がれている様を窺い知ることが出来ると思います。つまり、ネウマから四角譜になり、4線であったものが5線になり、小節線がついた。この流れが地続きのものとして感じられたのではないでしょうか。
BWV232 Confiteor unum baptisma
Confiteorでは、同様に通奏低音に伴奏させながらもConfiteor unum baptismaとin remissionem peccatorumという二つのセンテンスに、性格の異なる2つの主題を与え、複雑な2重フーガとして展開させます。これら2つの主題は定旋律とは無関係の旋律で形成されています。
第1主題: