第12回 記譜法の歴史(その1)


記譜法の歴史 第12回 記譜法の歴史(その1)(この記事) 第13回 記譜法の歴史(その2) 第14回 記譜法の歴史(その3)

 

以前の記事で

第3回 ネウマとは

第4回 グレゴリオ聖歌からポリフォニーへ

第5回 フランドルのポリフォニーからJ. S. バッハへ

と、「グレゴリオ聖歌→フランドルのポリフォニー→バッハの声楽曲」というSalicus Kammerchorの選曲コンセプトのお話をしました。

今回は、記譜法の変遷という観点からこの流れを跡付けようと思います。

取り上げるのは、

古ネウマ→四角譜→計量記譜法→現代譜

です。

 もちろんこれらの間には沢山の段階やバリエーションが存在しますが、それら全てを詳説はしていません。あくまでエッセンスを、単純化して話しているものと思ってください。

 

古ネウマ

 まずは第3回でもお話したネウマからです。ネウマとは簡単に言えば「音の身振りを書きとめたもの」でした。地域によってさまざまな体系のネウマが用いられましたが、今回は第3回でも取り上げた、ザンクトガレン式ネウマを見ていきます。

 この写本は990-1000年に書かれた写本で、Salve Reginaという聖歌の楽譜です。

 順序立てて、基本となるネウマをご紹介します。



単音のネウマ

 「高い、低い」というのは前後の音程と比べた時にということで、絶対的な音高を示すものではありません。ヴィルガは先へ続いていくような、トラクトゥルスは落ち着くような、プンクトゥムは軽やかな身振りを伴っています。

2音のネウマ

 音程の高低が逆なだけで、2音の関係性はよく似ています。ティ↓ヤーン↑ティ↑ヤーン↓という感じです。1つ目の音が2つ目の音に流れていく身振りがあります。

 重要なのはこの2つの音を、1つのネウマとしてとらえるという事です。現代の記譜法にはこのような概念が無いので(スラーで音を繋ぐことはできますが)この2つの音が別々の2つの音ではなくひとつのものであるということを腹の底に落とすことが、意外と難しいです。

3音のネウマ

ネウマは大体書いてあるように歌えばその意図する通りになります。音の身振りを表したものなので、その形のようなイメージで歌えばよいのです。ティ↓ヤ↑ラ↓ティ↑ヤー↓ラ↑タ↓タ↑ティー↑タ↑ラ↓ラ↓という感じです。これもまた3つでひとまとまり、1つのネウマとしてとらえることが重要です。

 見た目でイメージしづらいのはクリマクスの1音目でしょうか。これは見た目長そうですが、基本形では2音目、3音目と同じくらい軽く歌います。

 さて、このネウマから発展して様々なバリエーションを経て現代の記譜法にまで至るのですが、現代の記譜法には示すことが出来て、ネウマに示すことのできない事柄はなんでしょうか。

それは

①正確な音高

②正確な音価(長さ)

です。

 ネウマは音の身振りを書きとめたものなので、相対的な音高関係は大体わかりますが、正確にはわかりません。では音高はどうしていたかというと、すべて口伝えで伝承されていたのです。音の高さなんていうのは書き記すまでもなく、聴いて覚えればよかったのです。


 音の長さも相対的には判断できます。どの音が長い、短いというのはそれぞれのネウマによって決まっていますし、ネウマを変形させたり、記号を付け足したり、文字(指示文字といいます)によって補足したりすることでさらに細かく規定することもできました。しかしこの音に対してこの音は何倍長いのか、正確に規定することはできません。(逆にそれを正確に規定しないしないので、自由で繊細な表現を可能にするのです)

 このような特徴を持つネウマ対して、四角譜では①正確な音高が示せるようになります。

 

四角譜

 同じSalve Reginaが四角譜で書かれたものを見てみましょう。こちらは1554年の写本です。

 かなり見た目が現代譜に近くなりました。なにしろ4線とはいえ譜線があります(そのためこのような楽譜を譜線ありネウマとも言います)。そして音高の基準を示す音部記号がついています(上から2番目の線にへ音記号がついています)。音符は古ネウマの形をとどめながらも、音高をはっきり示すために、四角あるいはひし形の符頭を持っています。この四角譜を、古ネウマからの発展という視点で見ていきましょう。

単音ネウマ→単音四角譜

 ヴィルガはその棒の上の部分に符頭をつけて縦にしたような形になりました。

2音ネウマ→2音四角譜

 2音ネウマはそれぞれ下と上に符頭をつけて、縦にした形です。発想としてはヴィルガの時と同じですね。ペスは3段目adにあてられたもの、クリヴィスは2段目dulcedoのdulにあてられたもをご覧になるとわかりやすいかと思います。(この画像では縦線が細くて見えにくいかもしれません)

3音ネウマ→3音四角譜

 特徴的なのはポレクトゥスのななめの平行四辺形でしょうか。この平行四辺形はその両端の2音を示しています。

 四角譜になったことで、正確な音高が分かるようになりました。しかしまだ②正確な音価は示すことが出来ません。それどころか、音価という観点ではネウマよりも曖昧になっています。それは、ネウマを変形させたり(例えばペスやトルクルスを角ばった形にする等)、記号や、指示文字を追加するということが失われたからです。その結果ネウマによる繊細な歌いまわしの習慣がなくなり、すべての音を同じ長さで歌うべきであるという実践が行われるようになりました。

 音価を正確に記譜する必要性は、ポリフォニーの発展と共に高まっていきました。パートとパートの縦関係をはっきりさせる必要があるからです。そのために考え出されたのが計量記譜法という記譜法です。

 計量記譜に関しては回を改めてご説明しようと思います。

 

中締め

 今回はネウマから四角譜への発展を辿りました。まだネウマの形はかなり留めていますが、四角譜になった段階で失われたものもありました。基本的なネウマの形のみが残って、その変化形や、記号の追加、指示文字が失われてしまったからです。ネウマの要素のうち、より繊細で微妙なニュアンスを指定する要素が失われたという事が言えます。

(櫻井元希)

 

【次の記事】

第13回 記譜法の歴史(その2)

 

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