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第13回 記譜法の歴史(その2)


記譜法の歴史 第12回 記譜法の歴史(その1) 第13回 記譜法の歴史(その2)(この記事)​ 第14回 記譜法の歴史(その3)


前回の記事では、古ネウマから四角譜への変遷についてお話ししました。

 今回はそこからさらに、計量記譜法へと変遷していく経緯をお話ししたいと思います。

 

計量記譜法

 計量記譜法は様々な発展の段階があるものの、ざっくり言って、単音ネウマである「ヴィルガ・プンクトゥム」、2音ネウマである「ペス・クリヴィス」からの変遷を考えるとわかりやすいです。

ヴィルガに対してプンクトゥムは短いので、四角譜で使われていた音符をそのまま使って、それぞれLonga(長い)、Brevis(短い)としました。

ペスとクリヴィスは短-長のペアですので、それぞれの1音目をBrevis、2音目をLongaとしました(これらは連結符Ligaturaと呼ばれます)。ペスの四角譜(表の右から二番目)は、視覚的にどちらの音が先なのかわかりづらいので、次第に右側に書いたような形に変わっていきました。

 これらは皆、符頭が黒いので「黒色計量記譜法」と呼ばれています。これが次第に符頭の白い「白色計量記譜法」に移行していきます。その理由は、おそらく声部の増加に伴ってより大きな楽譜を制作する必要に迫られ、中心を黒く塗りつぶす手間を省くためか、あるいはインクによる裏移りをおさえる為などが考えられます。

 さらにBrevisより短い音の単位として、Semibrevis、Minima(最少)、Semiminima、Fusaが考案されました。「最少」よりも小さい音の単位がいくつもあるのが面白いですね。人間の欲は果てしない・・・。

 さて、ここまでくるとずいぶん現代の楽譜に近づいてきました。お察しの通り、のちにセミブレヴィスが全音符、ミニマが2分音符、セミミニマが4分音符と呼ばれるようになったのです。ひし形のであったセミブレヴィス以下の音符は次第に丸くなっていきます。

 現代では長すぎて滅多に使われることのない倍全音符が、計量記譜の時代には「短い」と呼ばれていたというのが興味深いですね。それはなぜかというと、1拍として数えていた音符が違うからです。

 現代は4分音符(4/4等)や8分音符(6/8等)を基準の拍としてと数えることが多いので、その感覚からすると、ブレヴィス(倍全音符)は8拍や16拍ですから「長いなー」という感じがします。それに対して計量記譜の時代には、ブレヴィス(倍全音符)かセミブレヴィス(全音符)を1拍として数えていましたので、ブレヴィスは1拍か2拍(後述しますが、3拍のこともあります)となります。とりたてて長いとは感じません。

 これはつまり、基準となる音符が細かくなっていくのと同時に、音符の長さ自体はどんどん長くなっていった(テンポが遅くなった)という事でもあります(現代の曲をブレヴィスを一拍として捉えて演奏すると、速すぎて演奏できませんよね)。

 上の表を見ると、見た目上現代譜との相違があまり無いように思われます。しかし実は計量記譜には、現代の記譜法の発想にはない考え方がいくつかあります。そのひとつがメンスーラMensuraです。

これはLongaとBrevis、BrevisとSemibrevis、SemibrevisとMinimaがそれぞれに対してどのくらい長く、あるいは短いのか、つまりということを定めたものです。一つ大きい音価の音符が、一つ小さい音符何個分か

「なにゆうてまんねん。そんなもん2個に決まってまんがな」

と思われるかもしれません。現代では確かにその通りです。音符の長さの比は常に1:2、例外はありません。全音符は2分音符2個分にあたり、2分音符は4分音符2個分にあたり、4分音符は8分音符2個分にあたります。

 計量記譜の時代には、これが1:2のときと1:3のときがありました。嫌ですねーややこしいですねー。でもこれがさらに、1:5だったり1:7だったり、それどころか決まっていなかった時代もあったので、それよりはずいぶんわかりやすいです。これでも超シンプルになったんです!笑

 ここで、第10回 旋法(その1)の最初の方で私が口走ったModusやらTempusの話になります。ロンガとブレヴィスの関係をModus、ブレヴィスとセミブレヴィスの関係をTempus、セミブレヴィスとミニマの関係をProlatioというというお話です。これらの3段階の関係はそれぞれ、1:2か1:3です。3個の場合を完全分割、2個の場合を不完全分割と呼びます。3は三位一体、完全な数だと考えられていたので、分割の仕方も、3の方が完全なんですね。

 完全か不完全、二通りの選択肢が3段階において起こりますので、その組み合わせは2の3乗で8種類。それぞれを以下のような記号で書き表しました。

 「どないなってんねん?4種類しかないやんけ!」

 鋭いですね。メンスーラ記号で表せるのはTempusとProlatioだけで、Modusは実はメンスーラ記号ではなく、休符の書き方で表します。ブレヴィス休符2個が連結してロンガ休符を形成している場合は2分割、3つ分になっている場合は3分割です。

ややこしいですよね・・・。すみません僕が考えたんじゃないんです・・・。

という訳で、以前お見せした以下の図は、上の表でいうと左から2番目のメンスーラ記号で、ロンガ休符がブレヴィス休符2個分で書かれているということになります。

 上から2分割3分割3分割ですので、Modus imperfectus Tempus perfectum Prolatio majorといいます。(Prolatioは完全不完全とは呼ばずに、major(大) minor(小)といいます)

 現代譜と比べると、このような違いの他にリズムに関する細かい規則、コロル、倍加、完全化、不完全化等ありますが、それはまた別の機会に譲るものとして、記譜法の変遷という観点からこの計量記譜を考えてみましょう。

 

四角譜から計量記譜への変遷

 ネウマから四角譜への変遷において、音高が正確に記譜されるようになったという事は前回の記事でお話ししました。計量記譜ではそれに加え、音価(音の長さ)も正確に記譜することが出来ます。その際に起こった変化は、装飾(だったとされる)ネウマ、融化ネウマの喪失です。そう・・・サリクスが無くなっちゃったんです・・・涙

装飾ネウマの例(他にも沢山あります)

 融化(リクエッシェンス)というのは、あるネウマを拡大、縮小することで、1つの音とも言えない音の中で、子音を発音するというネウマです。言葉にするとわかりづらいですが、子音を発音する音程をはっきりさせ、前後とうまく結びつけることで、独特の表情を持たせることのできるネウマです。黒色計量記譜の時代にはプリカという名称でその名残をとどめていましたが、白色計量記譜法では姿を消してしまいました。

リクエッシェンス(左2つ)とプリカ(右)

 さらに時代が下って基準となる音符が細かくなると、リガトゥーラもその大部分が使われなくなってしまいました。リガトゥーラというのは、ペスやクリヴィスから発展した連結符でしたが、一つの例外(左上に棒のある、セミブレヴィスのペアを表すリガトゥーラ、下の楽譜の最初のリガトゥーラ)を除いて、ブレヴィスとロンガしか書き表せないからです(一番上の表参照)。

リガトゥーラが多用されている譜例(オケゲムの『死者のためのミサ』より)

 つまりこの段階で、見た目上の音のグルーピングが失われてしまったという事です。これは非常に大きな変化です。繋がって書かれていたものがバラバラの一つ一つの音に分かれてしまったわけですから。

 しかしやはり大事なことは「見た目がバラバラだからといって、音を一つ一つバラバラに歌っていたわけではない」という事です。

 この時期まだスラーなどはないので、このような楽譜を見ると、ついつい私たちは音をひとつひとつ独立したものとして捉えがちです。しかしこのような楽譜の変遷を追っていくと、作曲者にそのような意図はなく、単に記譜上の都合で(細かい音符にはリガトゥーラが使えないから)そう書かざるを得なかったという事が分かるのです。

 ですから私たちは、計量記譜の楽譜を目にしたとき、書けなかったけど当然そう感じていたであろう、見えないネウマを想像しながら演奏しなければならないのです。

 難しそうに感じるかもしれません。でも、だ・か・ら・楽しいんです!正直言ってこの時期の音楽は音を並べるだけなら簡単です。それほど複雑なリズムや刺激的な和音があるわけではありません。楽譜通り音を出すだけならリハーサルもそんなに必要ないでしょう。

「でもそれ・・・楽しいですか・・・?」

 楽譜に書くことのできなかった(あるいは書く習慣のなくなってしまった)繊細なニュアンスや音楽の躍動を想像しながら、脳内でネウマを補完しながら歌う。これはもう、やめられんですよ。やみつきですよ。

 

まとめ

 今回は四角譜から計量記譜への発展を追ってみました。

 ここで一度ネウマからの変遷によって、得たものと失ったものをまとめてみます。

ネウマ→四角譜

得たもの:正確な音高

失ったもの:指示文字や筆跡による繊細なニュアンス

四角譜→計量記譜

得たもの:正確な音価

失ったもの:融化ネウマや装飾ネウマ、後には大部分の連結符(リガトゥーラ)

 これら失ったものを脳内補完することで、楽譜の読み方はずいぶん変わってくると思います。

 次回はいよいよ、現代譜への変遷を見ていきます。

(櫻井元希)

 

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